宮部みゆきインタビュー

「私の創作の秘密」

 江戸時代の百物語は、今の私たちの「みんなで怖い話を聞く会」である以上に、教養を受け渡す勉強会みたいなものだったそうですね。地方の侍や実力者が集まる会に幕府の間者が潜入して動静を探っていたということもあったそうです。

 この三島屋の変わり百物語は、1度に1人、あるいは1組の語り手を座敷に招いて、聞き手も1人というスタイルです。普通は怪談会の聞き手って、どこまでも透明で盤石なポジションにいると思うんですが、私の場合、話を聞く側が動揺したり、反発したり、あるいは語る人を応援したり、聞き手の存在がとても大きいんですよ。聞き手の側にも、聞く切実な理由があるんじゃないかって思ったんです。

 以前、実話怪談の本を書いている先輩の方々に、「話を引き出すコツ」とかいろいろアドバイスを頂いたことがあったんです。面白かったのは、怪談は聞く人によって変化するということ。聞き手が違うと話の出てき方が全く違うっていうんです。聞き手のキャラクターが大事だと、皆さんが仰っていて印象的でした。

 シリーズの始まりから聞き手を務めてきたおちかが嫁にいき、三島屋の次男坊・富次郎に聞き手が代わった。本書は新しい聞き手で迎える最初の作品でもある。
 富次郎は今の大学生くらいの年ごろで、明るくてひょうきんな、ぼんぼん育ちの好青年です。まだ将来が決まっていないので、百物語の聞き手を務めることで、モラトリアムを過ごしています。

 当初、聞き手はずっとおちかで続けるつもりだったんです。でも、辛い過去があって心に傷を負っているおちかが、おばあさんになっても聞き手を続けている姿を想像して、気の毒になったんです。「この娘には幸せになってもらいたい」って思って、めでたくお嫁にいってもらいました。

 私もだんだん年を取ってきて、「いい加減」というものがわかるようになりました。年を取ると怒りっぽくなるとかよく言われますけど、私はむしろ寛容になったらしく、そのぶん、怖がりになりました。

 新しい聞き手ものんびりやで怖がりなんです。聞き手交代の真相は、私自身の変化にあるのかもしれませんね。

 

 聞き手が交代したことで、やっぱり話も変わるんですよね。聞き手が女性だと出てこない話というのも、あると思うんです。

 新聞というのは怪談やホラーが苦手な読者の方の目にも触れてしまう可能性もあるので、いつも冷や冷やしていたんですよ。なので毎朝、藤枝リュウジさんのユーモラスな挿絵にほっこりさせられて、心が救われていました。

江戸の時間感覚、日常のディテール

 この百物語では、日常のディテールを、できるだけ丁寧に書こうと思っているんです。というのも、かなり現代語を使っている私の作品で、この時代のおおまかなことをつかんでいただければ、世の中にたくさん出ている時代物も楽しめるはずだからです。この百物語が、本格的な時代小説への入り口、案内役になればいいなあと。

 生活感を感じてもらうためには、時間の流れ方、「夕方になると行灯をつけなければならない」とか、そういうことにはしつこいくらい触れています。

 その代わり江戸怪談では「闇」を存分に使えます。本作中の「泣きぼくろ」という話にも「行灯を持ってきたら部屋の中がとんでもない事態になっていた」という場面があって、今とは違う、電気をつけられない怖さを感じてもらえたらうれしいですね。

 今回、飛脚が語り手として登場する「同行二人」という話があって、飛脚の世界って小説ではあまり書かれていないと思うんですよ。彼らが金融の仕組みを担っている、両替商の鑑札を必ず所持していて決済ができたとか、普通知りませんよね。体を鍛えているので男らしい。皆が憧れる男っぽい職業だったとか。私も資料で勉強したわけですが、その背景については、丁寧に書いたつもりです。

 食文化のことや、服装のことにも、できるだけ触れているつもりです。ただし吉原と芝居のことは書かないって、これだけは決めているんです。あまりにも深い世界で、たくさんの方々がお書きになっているので、自分を戒めています。

 江戸の町中だけではなく、地方が舞台の怪談も登場する。収録作「姑の墓」は田舎の美しい風景の中で起こる惨劇だ。

 当時の江戸の町って、参勤交代をしていたから、いろんな地方の人々がシャッフルしていたんですよね。地方色豊かな怪談はこれからもっと書いていくつもりです。
「姑の墓」はいわゆる嫁姑問題に端を発する話です。嫁姑問題って以前ほど目立たなくなったような気がしますが、職場の上司と部下、サークルの先輩や後輩の関係などに姿を変えて、今も残っているのではないでしょうか。自分たちが背負ってきたことを、下の世代に背負わせたくないという人と、同じ思いをさせないと不公平だと思う人がいる。この話ではそういうものを書きたかったのです。

怪談やホラーという物語の強み

 アメリカのホラー作家、スティーヴン・キングがこんなことを言っているんです。「ホラーには、死というものを疑似体験することによって、日常の輝きを逆照射する効果がある」

 ホラーの効用ですよね。例えば小説の中で、親子の愛情は素晴らしい、夫婦愛は美しい、友情は尊いとか真正面から書いても、皆さん「ふーん」って、鼻白むのではないでしょうか。

 でもいったんこれが損なわれたり、脅かされたりする状況を書くと、いかにそれが大切なものなのか、にわかに浮かび上がってくると思うんです。これが怪談やホラーという物語の強みですね。

 日々の小さなことも幸せに感じられる。平穏に一日を過ごせたということが、どれだけ幸せなことか。私にとって怪談は、そんな平和な日常を浮かび上がらせるための大切なジャンルになっています。物書きとして、このシリーズでは物語のいちばんおいしいところを、ずっと書いている気がしています。だから、年を取っても続けていられるんでしょうね。

 表題作「黒武御神火御殿」では、これまで書いてきた中で、最も邪悪なものが登場します。楽しんでいただければうれしいです。

 スタートから12年、今回の本でようやく通算31話まで進みました。百物語というのは、最後まで語ってしまうと、本当の怪異が起きてしまうので、99話で完結する予定です。というより、このペースであと何年かかるんでしょうか(笑)。

(図書編集部・永上敬)

『サンデー毎日』2月2日号より

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